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最高裁判所第二小法廷 昭和54年(あ)1034号 決定

本店所在地

鹿児島県川内市宮崎町字沖玉一七六九番地

株式会社 園田組

右代表者代表取締役

園田菊夫

本籍

鹿児島県川内市神田町二三

住居

同 川内市神田町二番二八号

会社役員

園田菊夫

昭和六年九月一五日生

右の者らに対する法人税法違反各被告事件について、昭和五四年五月二九日福岡高等裁判所宮崎支部が言い渡した判決に対し、各被告人から上告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件各上告を棄却する。

理由

弁護人葛西宏安、同久木野利光の上告趣意は、憲法三一条違反をいう点を含めて、すべてその実質は単なる法令違反の主張であり、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 塚本重頼 裁判官 栗本一夫 裁判官 木下忠良 裁判官 鹽野宜慶 裁判官 宮崎梧一)

○昭和五四年(あ)第一〇三四号

被告人 株式会社 園田組

同 園田菊夫

弁護人葛西宏安、同久木野利光の上告趣意(昭和五四年九月二五日付)

本件は本来被告人株式会社園田組(以下被告会社という)に対し国税通則法第六八条の重加算税を課すにとどめ行政手続内で処理すべき事案であるのに原審は違法に法人税法第一五九項一項を適用し被告会社と被告人園田菊夫(以下被告人という)に対し刑事罰を課しておりその判決は罪刑法定主義を定める憲法第三一条に違背するものである。

第一、被告会社被告人の行なつた本件所得の過少計算の方法、内容については被告人自身も、又被告会社の経理担当者も理解しておらず、被告会社、被告人は自からの行為を認識しないまま、原審裁判所から有罪の認定を受けている事実。

一、直税事件特有の多数回にわたる複雑な取引が犯罪容疑事実の構成要素となつているためその解明が困難であること。

被告会社の本件行為が法人税法に違反していることは争のないところであるが、その違反を構成する事実全体の正確な認定は非常に困難なことであると思われる。

直税事件特有の問題として、確定申告の基礎となる事実は当該期中の各個別の取引でありその数は膨大であり、又違反事実全体の解明には右各個の取引を解明しなければならず、その解明には税法簿記会計の知識が必要とされる。

そして証拠の量はまた膨大な数にのぼる。

従つて通常の刑事事件とは異なる証拠調と事実認定が要求されると思料されるのであるが裁判所、検察官、弁護人が不馴れのまま事実審理が行なわれた場合、特に被告人が公訴事実を認め証拠の取調べに全て同意した場合公訴事実につき真実の解明がなされず真実とは異なる事実を認定されたまま判決が宣告される場合もあると考えられるが本件もまさに被告会社と被告人が行なつた所得過少計算の行為が原審及び一審の裁判所に正確には解明把握されないまま、それのみならず本件においては被告人その他被告会社の経理担当者にも、理解されないまま判決が下され違法な結果を招来していると思料されるのである。

二、本件における所得過少計算方法の原理について。

本件の所得過少計算において、被告人の行なつた主な行為は、原理的に云うと、当期中の損金とはならず次期以降の損金とすべき未成工事支出金を、当期工事原価として当期の損金に算入し結果として当期所得を減額したものである。

そして、右のごとく、損金の計上時期を繰り上げた結果、次期に損金となるべきものが減少したため次期の所得額が増加してしまうこととなる。

そこで、次期には、右繰上げた損金額に相当する額の損金をその期において架空に計上し次期の所得額を適当な額とするという方法である。

被告会社の場合公訴事実第一の昭和四九年一〇月には約六、〇〇〇万円の未成工事支出金を当期完成工事原価として当期損金に算入し、次期の昭和五〇年一〇月期に右六、〇〇〇万円について架空経費を計上して繰上げた右損金分の穴埋めをするとともに同期にはその期未成工事支出金のうち一、六〇〇万円を同期の工事原価として損金に算入し、所得を減額したものである。

そして右一、六〇〇万円についてはその翌期架空経費を計上することなくその翌期の工事原価が減額されたままとなりその分所得の過大計算となつたものである。

以上のごとく被告会社の行なつた方法は未成工事支出金を工事原価に繰り入れその穴埋めとして右繰入れ分だけ翌期に架空の経費を計上するというそれぞれ関連性をもつ行為によつて構成されているのである。

三、被告人及び被告会社経理担当役員浜本一則経理担当者松下和吉の右所得過少計算の原理についての理解の程度について。

しかしながら本件全記録を検討すると右のごとき被告会社の行なつた方法を被告人自身具体的に知らないのみか、原理的に右のごとき方法によつて所得が減算されるということさえも理解していないことがわかり、被告会社の経理担当役員である浜本一則、経理担当者である松下和吉も十分には理解していないことが認められるのである。

即ち、被告人は同人の昭和五二年一二月二〇日付検察官調書一四項において、六期に六、〇〇〇万円減らすと七期にそれだけ浮くことになるので六、七期通すと同じことになるため架空の工事費を作りその架空経費で処理しようと考えたと、その文言だけ見れば一応前記原理を理解しているかのごとき供述をしながらその後に損金を繰上計上した期の次の期その穴うめに架空経費を計上する際経理担当者の松下和吉に森、長谷川の問題があるから六、〇〇〇万円かかるから六、〇〇〇万円浮かしてくれと松下に頼んだ旨の供述をしている。

このことは端的に被告人が本当は前期原理を知らなかつたことを示している。何故ならば被告人が、六、〇〇〇万円の所得過少計算をしたのは、右松下和吉に架空経費の計上を命じた時期ではなく前記のごとく未成工事支出金を当期工事原価として算入した時即ち架空経費を計上した昭和五〇年四月の前の昭和四九年一〇月期決算書作成のときである。

昭和五〇年四月の架空経費計上は「六、〇〇〇万円浮かした」その後始末なのである。

そして右松下和吉は昭和四九年一〇月期の決算において未成工事支出金を当期工事原価に振りかえ処理をしたその本人なのである。

若し、被告人が前記原理を理解していたら、その松下に対して、所得減算のときではなくその後始末のときに、森、長谷川の問題があるから云々などと六、〇〇〇万円を「浮かす」がごとき矛盾したことは云える筈がない。

又被告人の国税局査察官作成の質問てんまつ書昭和五二年五月一一日付第二問の答にも本件過少計算の方法について「実際には仕入れていないけれども仕入れたことにして明細を作つて出さなければならないことになつたわけです。

すなわち昭和四七年から昭和四九年にかけて会社の帳簿に計上せずに材料を仕入れたことにして、その明細を作つたわけです。」と前記原理に全く矛盾した供述を行なつている。

被告会社は昭和四七年から昭和四九年にかけて、会社の帳簿に計上せずに材料を仕入れたことにしたことなどなく反対に前記原理のごとく帳簿上損金計上の時期をずらす記載をし、その穴埋めとして会社の帳簿上に架空経費の計上を行なつているのである。

更に被告人の昭和五二年七月一五日付査察官の質問てん末書第三問の答のうちに「領収書はないが合計二三、五〇〇、〇〇〇円の帳簿外の仕入れがあります……」と「帳簿外の仕入」があつた旨主張した事実がありこれまた前記原理に反する供述をしている。

以上のことは被告人が査察官検察官の誘導するところに従つて前記原理を理解しないまま、場当り的に自から行なつた行為と異なることを供述をしていることを示している。

そして、昭和五二年一二月二三日付検察官調書第二項においては卒直に、具体的にどのように操作して帳簿を作りかえ利益を除外したのか報告を受けていないし知らない旨の供述を行なつている。

このことが本件の所得の過少計算についての被告人の理解の程度を端的に示しているものということができる。

又経理担当役員の浜本一則にしても同人は単に前に税務会計事務所の事務員として四、五ケ月間働らいたにすぎず、被告会社においては経理の実務を担当したわけでなく、銀行との交渉顧客からの代金回収等が主な仕事であり、経理担当者の松下和吉も帳簿の記載を機械的に行ない計算をし税務会計事務所への提出する帳簿の下ごしらえをするにすぎず、連続する各期を通じて損益を把握し、所得額の操作をするなどということからは程遠い仕事をしていた。

右浜本の本件の所得過少計算についての知識の程度を示すものとして、同人の昭和五二年一二月一三日付検察官調書第七項に「云うまでもなく未成工事支出金は当期においては会社の流動資産であり損益勘定においては益金とし貸借勘定としては資産として計上しなければなりません。これに反し完成工事原価は当期における経費であり損益勘定においては損金貸借勘定においては貸方に記帳しなければならない負債勘定となります。

従つて当期の未成工事支出金を同じく当期の完成工事原価に振りかえればその期における収入が減り支出が殖えることになりますのでその期における所得が少なくなります」と、簿記の基礎的知識に欠ける供述をしている。

松下和吉についても同人の昭和五二年五月一一日付(同日付二通あり)査察官前田昭博作成の質問てん末書問二の答として過少計算のしめくくりとして非常に重要であつた昭和五〇年四月末の架空経費の計上についてその方法を詳しく説明したのち「この様な架空計上の必要性については私はどのような理由によるのか聞きませんでした」とのべているところがある。

若し同人が前記の原理を理解しているなら右の架空経費計上は所得過少計算行為のしめくくりとして必然的なものであることがわかつていた筈である。又同人の昭和五二年一二月一四日付検察官調書第八項において、六期(昭和四九年一〇月期)において未成工事支出金を工事原価として所得の過少計算を行なつて確定申告をしたのち昭和五〇年五月末ころ被告人から架空経費の計上を命ぜられたとき「私はこれは社長は六、〇〇〇万円程所得を減らそうとしているのだなあと思い……」と、過少計算そのものの行為と後始末の行為とを混同した供述をしている。

以上のごとく被告人も浜本一則も松下和吉も本件の所得の過少計算については、本当の理解をしていないのである。

右例挙した右三名が本件の所得過少計算の原理を理解していない事実を示す各供述は煩を避けるため主要な例をあげたにすぎず本件記録中には他に多くの例が存在するのである。

そこで本件の被告会社の所得過少計算の行為は被告人或いは浜本一則或いは松下和吉が考え出して行なつたことではなく前記原理を理解する者が右被告人らを指導し、被告人らがその理解もないまま、税金が安くなるとのみ考えて行なつたのが本件過少計算の行為であると考えられるのである。

従つて被告人及び右浜本、松下等は自から行なつたことを真実には理解せずに、過少計算の結果を招来するであろうという程度には理解していたもののその方法が刑事罰を課される程の悪質という評価を受ける行為であることとは到底考えずに本件行為を行なつたものと認められるのである。

しからば、前記原理を理解し、被告人或いは浜本一則、或いは松下和吉を指導し本件過少計算を行なわせたのは誰であるのか、しかし残念ながら本件記録からはうかがい知ることは出来ない。

従つていかなる経路で被告人が過少計算の意思を持つていたか或いは過少計算の方法内容についての認識認容、その意思の強弱の程度これらすべてが未解明のまま証拠上右のごとき矛盾を露呈したまま被告会社と被告人に対し国税通則法の行政罰の適用のみにとどまらず法人税法の刑事罰が課されているのである。

第二、被告会社被告人が刑事罰を課される決定的原因となつた架空領収証と架空借用証の作成については税務署長と被告人との間の意思不疎通に原因があり、被告人に極めて同情すべき理由があること。

一、本件においては架空経費の領収証と架空借用証が刑事罰を課するについての決定的原因となつていること。

次に本件が、行政罰で処理されず刑事罰で処理された決定的理由として被告人の行なつた昭和五〇年四月の架空領収証の作成と架空借用証作成の問題があると考えられるのである。

右架空領収証と架空借用証が国税局、検察官の本件処理にあたりいかに重要な判断の理由となつているかは本件における検察官申請の証拠物の大部分が右架空領収証と架空借用証の存在に向けられていることから判断できるのである。即ち、本件において検察官から第一審裁判所に証拠物として提出し押収されたもの二一点のうち九点までが、これに関するものであり(昭和五三年押第二四号の一三乃至二一)供述調書等の書証としては、検察官申請の証拠等関係カード、六九番園田貞光の質問てん末書から九〇番同人の検察官調書まで全てこれに関するものであり右松下和吉同浜本一則の各質問てん末書、各検察官調書上申書の多くはこれに関するものであり被告人の質問てん末書検察官調書においては、むしろ架空領収証、架空借用証の作成経緯についての事柄に重点がおかれているのである。

そして、本件における税務署の調査の経緯をのべた当時の熊本税務署員内村則雄の検察官調書第五項は、被告会社の調査を終わつた後被告人が架空領収証を八枚持つてきたこと、次に架空借用証を三枚持つてきたこと、「このような事から園田が云う外注費、材料費等は架空なものでこれらの各勘定により所得金額をごまかし偽りの確定申告書を提出していたものと判断し……。そしてそのほ脱したと判断した額が内部規定に該当しましたので……」署長から熊本国税局調査査察部に引きついだ旨のべ、右架空領収証と架空借用証の存在が被告会社と被告人に刑事罰を課することが相当と判断したことについて決定的な原因となつていることを供述している。

二、架空経費の領収証、架空借用証が被告会社の所得過少計算の方法からは論理的に作成し得ないものであること、並びにその作成経緯について。

ではここで前記のごとく決定的なものとされた右架空領収証と架空借用証がいかなる経緯で作成されたのか又右証憑類が被告会社の本件所得の過少計算の方法上論理的に作成し得ないものであることを説明する。

本件所得の過少計算が熊本税務署の調査により問題となりはじめたとき被告人はその善後策のために当時の同署署長と数回にわたり交渉し、自から過少計算の存在を認め同署長に対し第一審第五回公判廷において被告人がその尋問調書一四項以下にのべているごとく「未計上が六、〇〇〇万円位あるのですが困つたことになりましたので、これを早急に処理して下さいとお願いしたのです。」。未計上分を早急に処理するとは「税金をするようにして下さいという意味です」と約六、〇〇〇万円の所得の過少計算の存在を認めこの分について申告を修正乃至更正を受けて過少分について納税する意思を明らかに示していたのである。

そして、その後税務署長との交渉の過程において架空領収証架空借用証が後にのべるごとき過程で作成され提出されたのである。

しかしこの点に関し前記税務署員内村則雄の検察官調書では熊本税務署の調査に際し被告人が所得の過少計算即ち架空経費の存在を認めず架空の領収証を真実のものとして提出してきたと述べている。

では果たして、いずれであつたのであろうか、被告人の云うとおりであるとすれば、自から所得の過少計算を認め修正申告を行なう旨のべている者と税務署長との交渉に際して、相互の意思の不疎通が原因して架空領収証等が作成提出されたとしても被告人の違法性の程度は弱く、若し右内村則雄ののべるごとく単に被告人が全くの自発的意思でこれらを作成提出したのであつたならば被告人の違法性の程度は強いものと考えられるのである。

そこで先ず右領収証がいかなるものであるか検討してみると驚ろくべきことに右領収証は本件所得過少計算においては論理的に作成される筈のないものなのである。それが何故作成されたのであろうか。

本件の所得過少計算の方法は前述のごとく主として未成工事支出金の当期工事原価への振替という方法をとり当期の所得を減少させその後、翌期において減少した工事原価の穴埋めとして架空の材料費、外注費という経費を計上し、そしてその経費計上についてはその相手の勘定科目を工事未払金として処理しているのである。

この点は国税局検察官も認め争いのないところである。

昭和四九年一〇月期の過少計算の穴埋めとして昭和五〇年一〇月期に計上された架空経費の相手勘定は工事未払金とされ、それがそのまま昭和五二年二月に行なわれた税務調査の際も工事未払金として被告会社の帳簿に計上されていたのである。

昭和五〇年一〇月期確定申告書添付の決算報告書貸借対照表中工事未払金の額は二億一、〇七〇万四、五六七円であり同じく昭和五一年一〇月期の決算報告書貸借対照表中工事未払金の額は一億五、一八九万三、三一二円でありこの数字がそのまま本件税務調査の際にも帳簿上存在していたのである。

松下和吉の検察官調書(昭和五二年一二月二一日付)第七項にもその計上が述べられている。

そして本件について税務署が疑いを持つた端緒はむしろこの工事未払金が前年度四、二〇〇万四、五六七円と比べて異常に多いとの点ではなかろうかと推測されるのである。

それほどこの工事未払金は特徴的であつたのである。

しかるに右のごとく本件についての税務調査の際に確かに工事未払金として計上されておりそして右のごとく税務署が疑問をもつた多額な工事未払金であつたと思われるのに右調査と併行して行なわれた税務署長と被告人との交渉においては右架空経費の相手勘定科目が未払金であることが忘れられ、架空経費に対する領収証が問題となつたのである。

このことは被告人も前記原理を知らず、税務署長も被告会社の所得過少計算の詳細を知らず両者が話合を重ねるうちに当時右のごとき会計処理上発生する筈のない架空経費の領収証の存在とそれの税務署への提出の問題となつたものと考えられるのである。

このことは右被告人の第一審第五回公判における供述調書一六項以下から十分読みとれるのである。

一六項において「修正申告をして税金を支払いますからとあなたは頭初から云つていたのですか」との弁護人の問に対し「はい、私はそういうことで四回署長のところに相談に行つております。その時署長の話では一ぺんに支払うというのはあなたも困るのではないですかと云つて下さいましたので……」

一九項「そうした事がずれ込んで行つて一向に片がつかないために色々今までにあつた書類がないのか、領収証はないのかとか、明細書を出して下さいと云われましたので、実はこれはなかつたのですということを云われなかつたために明細書のようなものを作つたり、領収証のようなものをつけて出したりしたのです。」それにつづき二〇項「交渉中にしたのですか」との問に「はい」と答え二二項で「あなたとしては修正申告をしましようという意思をもつていながら相手が裏付け資料はないかとか云われてそうしたのか」との問に対し「領収証でもあればなんとかなるのだがなと云つたり、あんたのところは金を借りて忘れているところはないかと云われたためにそんなことになつたのです」二三項「誤解をしたような点もあるわけですね」との問に「はい、結果的にはそういうことになりますが今になつてみれば裏をかかれたような気がします。それでその時私は署長のところにやかましく云つて行きました」二四項「何と云つて行つたのですか」との問に「署長この件については色々お願いしていたのにこれはどういうことですかとやかましく云いました」

以上一連の被告人の公判廷における供述は被告人と税務署長との、本件架空経費とその相手勘定である工事未払金と、それから本来ありうべきことでない架空領収証架空借用証の作成の経緯について真実の姿を浮かび上らせているのである。

そして架空借用証についてであるが、右のごとく工事未払金を支払済の経費として領収証を作成したためにその支払つた資金の出所を聞かれ被告人がこれを説明するため嘘の上ぬりをして架空借用証を作成したことは被告人の供述(昭和五二年一二月二三日付被告人の検察官調書第六項)架空領収証をもつて署長に会い支払済である旨のべると署長が「それならその領収証を受取るについて支払つた金はどうしたのか」と聞いたので「兄や知人から借りた」と答えると署長は「そんなら借用証書か何かがあつたら見せて下さい」と云つた等以下の供述に照らして容易に理解しうるところである。

署長としても被告会社の所得過少計算について多少の知識があつたのであれば、相手勘定科目が工事未払金として処理されている経費について領収証の有無を聞くはずはなく被告人が右領収証の話に言及した場合には相手方勘定科目が未払金として処理されている経費に領収証の存在する筈のないことを説明しその矛盾についてたしなめることが出来た筈である。

しかるに前述のごとく被告人も署長も被告会社の過少計算の方法について理解しないまま話合つた結果が、架空の領収証となり更にそれから必然的に架空借用証へと発展したのである。

右架空領収証等の作成提出は、専門家として又納税を指導すべき立場の税務署長の責任である。

そして右領収証と借用証とがさきに述べたごとく、本件において刑事罰を課することが相当と税務当局乃至検察官が判断した最大の理由となつたのである。

右のごときことが一箇の会社一人の人間、特に被告人という一個の人間に対し刑事罰を課するについて許さるるのであろうか、複雑且技術的な問題を含む税法違反の事件であるといつて、いやそれであるからこそ、実体を十分に解明して誤りなきを期し公正妥当に判断されるべきであろうと思われるのである。

第三、本件において国税通則法第六八条一項を適用したうえ更に法人税法第一五九条を適用する必要性について。

一、国税通則法第六八条一項と法人税法第一五九条一項の成立要件の差異について。

国税通則法第六八条一項は「……納税者がその国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし又は仮装しその隠ぺいし又は仮装したところに基づき納税申告書を提出していたときは……との要件のもとに基礎となるべき税額に百分の三〇の割合を乗じて計算した金額に相当する重加算税を課する。」と規定している、本件被告会社の所得の過少計算がこれに該当することは被告人も弁護人も異論のないところである。

しかしながら本件に対し第一審、原審が法人税法第一五九条を適用したことについては、被告人、弁護人とも全く納得し難いところである。

同条一項は「偽りその他不正の行為により……」とその要件を規定している。

これと前記の重加算税の要件である。「計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし又は仮装し、その隠ぺいし又は仮装したところに基づき……」とはいかなる差異があるのであろうか。計算の基礎事実を隠ぺい、仮装し、これにもとづき納税申告書を作成提出することは即ち偽りその他不正の行為となるのではなかろうか。又偽りその他不正の行為ということも、所得計算上の具体的行為としては計算の基礎となる事実の全部又は一部の隠ぺい仮装ということになるのではなかろうか、従つて右両者の差異は結局行為の違法性の強弱に求められると考えられるのである。

二、本件所得の過少計算行為の違法性の程度が低く国税通則法第六八条一項の適用のみがあるべきこと。

そこでこれを本件に即して考えるならば未成工事支出金の当期工事原価への繰入れによる当期損金の過大計上は期間損益のずれの問題であつていずれ過少となつた後の期において過大な所得が発生することとなり、違法には違いないが、比較的に悪質性の感じの薄いものである。

本件において問題なのは、被告人が右のごとき期間損益のずれの問題として所得の過少計算を行なつたあと後の期の穴うめとして架空の経費を計上し、しかも、これについて架空領収証を作成し、更にまたその裏づけとして架空借用証を作成したことであろう。

このことは、右のごとき証憑類を被告人が作成したその結果だけを見た場合にはまさに「偽りその他不正の行為により……」との構成要件に該当する強度の違法性を持つ行為と判定されてもやむを得ないであろう。

しかし被告人が行なつた実際の行為は前記第一において述べたごとく税金を少なくしようとする考えから前記浜本一則に所得金額を減らせとのべただけであり、被告人の本件における行為は実際のところは同人の昭和五二年一二月二三日付検察官調書第二項にのべられているごとく「又、私の指示に基き浜本が具体的にどの様に操作して帳簿類等も作りかえ利益除外したのか詳しい事までは報告を受けて居らず又私も聞いていませんでしたが兎に角私の指示により利益除外したという報告やその申告書は見ていたのです」という程度であつたのである。

そして本件において強度の違法性を認定された原因となつた架空の証憑類は前記第二において述べたごとく被告人と税務署長との本件についての交渉の課程において両者が本件についてそれぞれ知識の無かつたことに原因して意思の疎通を欠き誤解が重なり被告人が不用意に作成したものなのである。

税務署長として、専門家が、もう少し事案について積極的に解決しようとする姿勢があつたならばもう少し本件についての知識を持ち得て、被告人との交渉の経過の中で領収証の話となつたときに未払金に領収証などある筈がないと一言注意出来た筈である。

そこでその注意を得られなかつたのは被告人の不運とは云いながら被告人の行為の違法性の強弱の判断に関して決定的な要素となつていると思われる右領収証と借用証については前記のごとき作成の経緯は絶対に斟酌されなければならず、その場合被告会社の本件行為につき国税通則法第六八条一項の適用のみが適法な判断であると考えられるのである。

しかるに本件においては右作成の経緯は全く考慮されず右架空の証憑類の存在の事実だけが強度の違法性ありとの認定の根拠となつているのである。

そして強度の違法性を持つとされたが故に法人税法第一五九条を適用されているのである。

まさに不公正にして違法な判断と云わざるを得ないと考えるものである。

そして税務当局、検察官の右違法な判断に基づく公訴提起に対し第一審、原審裁判所とも、右違法な公訴事実どおりの認定をし違法に法人税法第一五九条一項を通用しているのである。

以上のごとく本件は被告人および被告会社経理関係者の行為が法人税法第一五九条に該当しないにもかかわらず被告会社と被告人に同法条を適用し憲法第三一条の定める法定の手続の保障、罪刑法定主義に反すると考えるものである。

第四、結語

最高裁判所におかれては以上のごとく本件においては所得過少計算の方法である、未成工事支出金の当期工事原価への繰入れと、翌期過少となる工事原価への架空経費による穴埋めという方法が誰によつて考え出されどのように実行されたのか又右架空経費の計上にあたり、相手勘定を工事未払金とした会計処理上、右架空経費の領収証など理論的に存在する筈がないのにそれが作成された経緯の二大問題点が未解明のまま即ち、行政罰にとどめるか、刑事罰をも課すべきかそれを決める違法性の程度の問題が未解明のまま刑事罰が課されていることにつき原審判決が憲法第三一条に違反すること、又、憲法の問題を措くとしても、原審判決には判決に影響を及ぼすべき法律適用の誤まりがあるのであるから被告人等に対し再度前記二大問題点の解明のため事実審理の機会を与えて下さるよう切望する次第である。

以上

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